滋賀 県

親≠勉強にうるさい人

個別指導塾の学習空間、彦根・八日市教室の成田です!
 

前回の私のブログで、また長々と駄文を連ねた私ですが、
仰々しくもそのブログが前後編に渡っての2部作の展開となってしまいましたので、
今回は「後編」として、書かせて頂きます。
愚かにも私などのブログにご興味のある方は、
9月頃に書いた私のブログ「前編」を先にご覧ください笑。

イライラお母さんと能天気お父さん

 
 
さて、「子どもが親の言うことを聞くようになるためのステップ」とは、というお話でしたね。
これに必要なのは、スバリ「信頼関係」しかありません。
信頼している相手の言うことは聞きますし、そうでなければ聞かないのです。

では親を信頼していない子どもがいるのか、という話ですが、
実はけっこういるんですね。
ここでいう「信頼関係」が何を指しているのかと言うと、
子どもが「親は自分を受け入れてくれる」と確信を持っているかどうか、という点です。

思春期になると、親子のコミュニケーションは激減します。
子どもとどうコミュニケーションを取ったらいいかわからないという相談は多いです。
そうして「信頼関係」は少しずつ希薄になっていきます。

そのつらい状況で、親がなんとか絞り出す子どもへのコミュニケーションが
「勉強について」なのです。
特に父親は子どもとの会話の種が「勉強について」しかない、という場合もあります。
それ以外に何を話してよいのかわからなくなるのです。
そしてのこの「勉強について」を話題にあげることが、
そもそもコミュニケーションの希薄化に拍車をかける場合が多いのです。

親が子どもに勉強について尋ねる行為は、
会社の上司が部下に、業務の進捗を尋ねる行為と似ています。

親が子どもに勉強についてアドバイスする行為は、
会社の上司が部下に、業務上の命令をする行為と似ています。

親が子どもに勉強について叱る行為は、
会社の上司が部下に、仕事の不出来を問う行為と似ています。

会社であれば、部下は上司に従うべきとの認識を持っているでしょう。
しかし思春期の子どもは残念ながら「親に従うべき」とは思っていません。
親は「上」、子どもは「下」ではないんだ、と思うようになっています。
ですので、信頼関係を築く上で、勉強の話をすることはタブーになる場合が多いのです。
(子ども自身が、ものすごく勉強に前向きは場合は除きますが…)

ではどうすればよいか。
それは上下関係のない会話、つまり何気ない会話の時間をしっかり取ることが大切です。
可能であれば、子どもの興味関心に寄せた内容がより効果的です。
子どもにとってすれば、親を信頼するためにはまず親が自分を受け入れてくれているという
実感を持つことが必要になってきます。
自分の言葉や状況をちゃんと受け止めてくれて、むげに否定したりせず、
しっかりと耳を傾けてくれるという認識をもっていれば、
自然と親の言うことにも耳を傾けるようになります。

簡単には言ったものの、この「何気ない会話」が実は難しいのかもしれません。
しかし、例え会話が成立しなくても、一方的に話しかけるだけで効果はあると思います。
大切なのは、「親=勉強にだけうるさい人」にならないことです。

思春期の男子は特に、親と関わることをとても避けようとしますが(私もそうでした)、
実は親の反応や様子をとても観察しています。
上下関係ではなく、対等な立場になりたいという欲求が、反発心を生んでいるのです。
だからこそ、「大人」として会話をもちかけることで、変化する場合もあると言います。
そんな心理を知っているからこそ、お父さんは能天気になるのかもしれません。

母親という上からの視点を一度外し、
同じ年代だった頃の自分の姿や思考を思い出しつつ、
子どもと同じ目線で会話をしてみると、
「一方的に言うことを聞かせる」ではない伝え方が見えてくるかもしれません。

 
 

最後に、全然話が変わりますが、、、
今週末に、毎年恒例の学習空間校外学習会「秋のUSJバスツアー」が開催されます!
教室には例によって、くだらないポスターを掲示してみましたが、
そのおかげで(?)今年はバスがいっぱいになるくらい大勢の生徒が申し込みをしてくれました!

勉強のことはしばし忘れて、思い切りみんなで楽しんでこようと思います!(^o^)/

 

滋賀の塾なら個別指導の学習空間

毎年恒例の??

個別指導の学習空間、栗東西・野洲教室の丹羽です。

本日、10月28日は大津商業高校 吹奏楽部の定期演奏会でした。
日曜開催で時間もあったので、せっかくだと思い足を運んできました。

大津商業高校吹奏楽部の定期演奏会には、なんどか足を運んでおりますが、昨年度は金曜日の開催で行けなかったので2年ぶりということになりました。
もともと、塾生に大津商業高の生徒がいたことがきっかけだったのですが、その生徒もこの春に高校を卒業したので「もうないかなー」と思っていたのですが、8月頃に定期演奏会への協賛依頼がありまして今回お邪魔させてもらった次第です。
楽器のことはよくわかりませんが、どんなことにも一生懸命に取り組んでいる姿は素晴らしいです。若いっていいですね!

来年以降も時間の許す限り足を運びたいと思っていますので、協賛依頼お待ちしています(?)

滋賀の塾なら個別指導の学習空間

イライラお母さんと能天気お父さん

個別指導塾の学習空間、彦根・八日市教室の成田です!
 

私には6歳と3歳の子どもがいます。
そしてこの二人はなかなかの自由奔放な暴れん坊です。
妻が毎日のように業を煮やしております。
なかなか言うことを聞かないことも多く、苦労しているときもあるようです。

ところが、私は子どもに対してそれほどイライラすることはありません。
むしろ「子どもはそんなものだ」という捉え方で接することが多いです。
そして一緒になって子どもとふざけていると、私まで妻に怒鳴られるわけですね。笑

よく言われることですが、母親と父親ではイライラしたり心配に感じるポイントにズレがあります。
母親が心配になって父親に相談しても、父親は特に問題には感じられず能天気な反応をして、
母親が余計にイライラしてしまう、なんてことはよくあることのようです。

母親「あなたも、もっと子どものことを考えてよ!」
父親「君は心配性すぎるんだよ。放っておいても大丈夫だよ。」
母親「そんなこと言って、○○○になったらどうするのよ!」
父親「だからぁ、そんなにガミガミ言うから、余計に○○○になるんだよ!」
母親「私はねぇ!あの子が心配だからこうやって÷!≠◎☆×!!!!」

という具合です。
子を思うからこその「母性本能」が子ども対してうまく作用せず、
子育てに悩まれるお母様はよくおられます。

職務的な立場上、生徒の親御さんから子どもについての相談を受けることがよくあります。
特に反抗期を迎えて、コントロールが難しくなった子を持つ親御さんからの相談は多いです。

「子どもが親の言うことを聞かない」というのは、イライラするものです。
ではなぜイライラするのでしょうか。
その理由は、「子どもは親の言うことを聞くものだ」という前提を親が持っているからです。
その結果、「思い通りにならない」のでイライラしてしまうわけです。

ではどうすればイライラしないのでしょうか。
簡単なことです。「子どもがこちらの言うことを素直に聞くわけがない」と思えばいいのです。

無茶苦茶な話をしているように聞こえるかもしれませんが、実は大事なことです。
なぜなら反発することは自我の健全な発達であり、思春期としてのあるべき姿だからです。
ですので、親が「そういうものだ」と捉えることは、別に間違っているわけではないのです。

親は子どもに対して、程度の違いはあれど「上下関係」の意識を持つことが一般的でしょう。
それは「守る立場、教育する立場」として親が自然と持つものであり、
例え子どもが成長して大きくなろうが、おそらく変わることはありません。
いくつになろうが子どもは子ども。自分の言うことを聞いてほしいと思うものです。
しかし子どもは思春期を境に、親に対して上下関係の状態を拒み、反発し始めます。
子どもの内面が変化しているにも関わらず、親のスタンスは変化しないので、、
当然かみ合わず、「うまくいかない状況」が生まれるわけですね。

ですので、「こちらの言うことを素直に聞くわけがない」と構えることは、
子どもとのコミュニケーションにおいての「次のステップ」に進む上で重要です。

では「次のステップ」とは何か。
それはもちろん、いかに子どもが親の言うことを聞くようになるか、というステップですね。
どうすれば思春期の子どもは親の言うことを聞くようになるのでしょうか。

…を書こうかと思いましたが、長くなったので次回の私のブログで書きます!
忘れなければ!笑笑

 

滋賀の塾なら個別指導の学習空間

スマホはスロットマシン??

 
個別指導塾の学習空間、彦根・八日市教室の成田です!
 

こう思うのは年をとったせいなのかも知れませんが、
最近は特に、「自分の若い頃にスマホが無くて良かった」と感じます。
もし当時スマホがあったとして、運よく親に買ってもらえていたとしたら、
私が相当なスマホ中毒になっていたことは容易に想像がつくからです。
たぶん今の100倍くらいアホになっている自信があります笑笑

スマホのメリットとデメリットは既に社会的に大いに周知されています。
その中でも特に若者が持つことについてはよく警鐘が鳴らされています。
多くの親が「子どもが勉強をせず、スマホばかりに傾倒して困っている」
と頭を抱えておられるようです。

スマホのパワーは実に強大です。
最近読んだ記事で、「スマホはスロットマシンのように設計されている」
という表現がありました。
スマホと繋がっている各種メディアは当然ながら営利目的で運営されており、
広告収入を得るために、利用者がいかに長くスマホを触らせるかを狙っています。
そのため、次から次へと触り続けたくなるエッセンスを利用者に提示してきます。
その罠のせいでなかなかやめられず、手放せなくなるわけです。
大人でも没頭してしまいがちになるのですから、子どもが自制心を持って
使用をコントロールするというのは実に難しい話ですね。

そして、じゃあどうすればいいかという問いに答えるのは、容易ではありません。
現代の子どもたち同士のコミュニティ構築のプロセスを考えれば、
持たないことによるデメリットも少なからずあるだろうからです。
買い与えるべきか、買い与えないようにすべきか…
取り上げるべきか、使用する時間の管理を徹底すべきか…

いずれにしても、この問題について親は相当な労力を割く必要があると思います。
そしてある程度の「技術」も必要になってくると思います。
私個人的には、このスマホ問題を親がどう管理するかが、子どもの育成に大きく影響すると感じます。
一昔前はこれが「TVゲーム」や「携帯型ゲーム」だったのでしょう。
しかし今やゲームだけに限らず、カメラ、インターネット、SNSと超万能ツール。
学力的な影響に限らず、社会的な危険もはらんでいます。
私も、自分の子どもがスマホを欲しがったらどう対応すべきかと考えることがありますが、
なかなかすっきりとした答えがでないのが正直なところです。

ただこの問題を考える上で、1点自分が念頭に置くようにしている考えがあります。
それは、安易に「スマホの使用」と「学力」を因果関係で結びつけないという考えです。

「スマホに没頭するようになった。だから、学力が下がったのだ。」
「もしスマホを買い与えなければ、学力は下がらなかっただろう。」
「スマホを取り上げよう。そうすれば学力は上がるはずだ。」
「スマホは買い与えないほうが、勉強に意識が向くに違いない。」

どうしても目に見えてわかりやすい「スマホの使用」が悪者にされがちです。
しかしその因果関係は本当に正しいでしょうか。
スマホを取り上げれば、「スマホ無くて暇だから勉強するか」と子どもが言うでしょうか。
そうとは限らないはずです。
スマホは、学習時間との相関関係は多少あるにしても、学力と本質的な繋がりはないはずです。

かく言う私も古い人間なので、直観的には「取り上げてしまえ!」と思いたくなる瞬間もあります。
しかし今の若い子の立場で考えたとき、思いのほかデリケートな問題でもあるのだと気付きます。

いくら環境を変えたところで、本人の学習に対する意識が変わっていなければ無意味です。
逆に学習に前向きになれば、周りの環境に関係なく必要な学習行動をするはずです。
だからこそ、子どもが学習に向き合うための「きっかけ」や「情報」も
しっかり与えることが、まずは何より大切であると思います。
ただ勉強を教えるだけではない我々学習空間の役割は、まさにそこにあるのだと考えます。

これからの時代は、スマホを持つか持たないかではなく、
子どもの生活にどうそれを取り入れつつ、どうしっかりと管理していくか、が重要になります。
そういった意味では、今はまだ「新時代」に突入したばかり。
社会的にも未知のことばかりで、親としても子どもとしても、
うまくスマホの使用を管理するのが難しいのは仕方のないことでもあるのでしょう。
親子だけでなくぜひ塾も交えて、スマホについて相談してみるのも良いかもしれませんね。

我々も、スマホの強大な誘惑パワーに負けないような「学習することの価値」を
もっと生徒に与えられるような、強い影響力を持つ講師にならねばなりません。

…そのための方法を、今から早速スマホでポチポチ調べてみようかと思います!笑

 

滋賀の塾なら個別指導の学習空間

学習空間主催のBBQイベントを開催しました!

個別指導塾の学習空間、彦根・八日市教室の成田です!

去る3月29日!
学習空間滋賀エリア主催のバーベキューイベントが開催されました!
当日は超晴天でポカポカしてまさにBBQ日和。
たくさんの生徒が参加してくれて、
めいっぱい肉を食べ、
めいっぱい走り回り、
めいっぱい楽しみました。

書きたいことは色々あるのですが、長くなりそうなのでやめときます!
参加してくれた生徒の皆さん、ありがとうございました!

また来年!

滋賀の塾なら個別指導の学習空間

祝!中学3年生全員が志望の公立高校に合格しました!

個別指導塾の学習空間、彦根・八日市教室の成田です!
 

先日3月14日に、滋賀県の公立高校入試の合格発表がありました。
その結果は…、全員合格!!!

私が指導している彦根教室と八日市教室の生徒は、
昨年に引き続き今年も全員が志望校に合格してくれました!
うれしぃぃぃ!!!

みんなこの1年間、本当によく頑張ってくれました。
一人ひとりの日々の努力が、しっかりと実を結んだのだと思います。
毎日毎日、疲れた表情を見せながらもしっかりと塾に通ってくれました。
いつの間にか、意識も行動も以前と比べてずっと成長していきましたね。
何をすべきか自分で考えて、勉強と向き合えるようになっていきました。
誰もが受験を通して、大きく育ってくれたと思います。
そんな日々や瞬間に今年も立ち会えたことを、心から幸せに感じます。

みんな、本当におめでとう!
高校でもこれまでの勉強の習慣を無くさずに、頑張るんやで!!!
 

滋賀の塾なら個別指導の学習空間

「できないとダメ。」ではなく「できたらスゴイ!」

個別指導塾の学習空間、彦根・八日市教室の成田です!
 

2017年も残すところあとわずかとなりました。
去年も同時期に同じようなことをブログに書いたように思いますが、
時間の流れの早さを改めて痛感する日々です。
いつまでも気持ちは若いつもりでいますが、
そろそろ心と体の年齢が一致しなくなってくる時期かとも思いますので、
健康面に今まで以上に配慮していかねばと思う、そんな年の瀬です。

 
最近、娘の絵が以前にも増して上手になってきました。非常に可愛い絵です。
息子も、かすかに顔らしく見えるような絵を描くようになってきました。
何気なく過ぎゆく日々の中で、子どもは物凄い早さで成長していることに気付かされます。
本当に、幸せを感じる瞬間のひとつです。

子どもが小さい頃は、「できたらスゴイ!」がたくさんあります。
何か変化が見えるたびに、スゴイスゴイと褒めちぎったりするものです。

 『寝返りを打てた、スゴイ!』
 『伝い歩きができた、スゴイ!』
 『今ママって言えた、スゴイ!』
 『一人でトイレに行けた、スゴイ!』

でも、いつからでしょうか。
成長するにつれて子どもに対する周りの見方は、
「できたらスゴイ!」から、「できないとダメ。」が圧倒的に増えていきます。

人の良い部分は意識して探さないと気付かないことが多いですが、
悪い部分には自然とすぐに気付きます。
それは、人は「快」よりも「不快」により敏感だからです。
よって、「できている部分」にはあまり気付かず、「できてない部分」にばかり意識が向きます。
『できている部分はそれでOK。できてない部分はダメなのでなんとかしなさい。』
となるわけです。

そうするうちにいつの間にか褒める習慣がなくなり、ダメ出しばかりしてしまう場合があります。
親心であれば、子の将来を思う気持ちから当然なのかも知れません。

しかしこれは、子どもを伸ばすという観点からすればあまりにも逆効果であると言えます。

親からの子どもへのダメ出しが通用するのは、
 ・子どもが親の言うことをとても信頼している
 ・子どもが自分に対して自信を持っている
という場合に限ると言われています。
そのどちらかでも欠けていたら、ダメ出しは現状に対する「否定」や「文句」としか伝わりません。
特に思春期を迎えた子が親にダメだしされて、
『わかった!ボクがんばる!』とやる気を出す方が、子どもの発達的観点からすると少々心配です。

人は結果よりも、その過程や変化を評価してあげたほうが良いと言われます。
もし褒めるところが見えてこないとすれば、結果にしか目が行っていないからかも知れません。
人を成長させるのは結果ではなく、その結果を得るために何を努力したか、です。

子どもが小さい頃は変化が如実で褒めやすいものです。
一方で成長してくると逆に変化が見えず、そのことへの心配が募るのかもしれません。
しかし大きくなっても、人は常に変化をしています。
ただそれがわかりやすく見えてはこないだけです。
その変化を意識して探してあげることが、ダメ出しサイクルから抜け出すきっかけです。
『最近やる気が上がってるね!』『前よりも頑張ってるね!』
そんな漠然とした声かけでも、子どもの耳にはとても心地よく響きます。
そしてその期待感に応えたいという気になり、少しずつ意識の変化が始まるのです。

「できないとダメ。」ではなく「できたらスゴイ!」
誰しもに、できることとできないことがあります。
周りの人と同じようにできないことは、決して悪いことではありません。
それよりも、できることをもっともっと伸ばせるような働きかけをしてあげるほうが、
子どもが秘めた無限の可能性を開花してあげることに、より繋がるのではないでしょうか。

 
さて、娘と息子が描いてくれた絵を部屋の壁にベタベタと貼り付けて、日々ニヤニヤ眺めている私。
そのうち家中の壁が「作品」だらけになりそうですが、それが楽しみで仕方ない今日この頃です。

そんなこんなで、小難しい教育観を謎に長々と語る、2017年最後の成田のブログでした。
私の趣味にお付き合い頂き、ありがとうございました。(笑)
思いついたことをつらつらと書き連ねただけなので、まとまりに欠ける点はご容赦ください。

 
2018年も学習空間をどうぞよろしくお願い致します。
良いお年をお迎えください。

 

滋賀の塾なら個別指導の学習空間

「話す力」よりも「聴く力」

個別指導塾の学習空間、彦根・八日市教室の成田です!
 

先日、車を車検に出すためにいくつかの施設に見積もりをもらいに行っていたときのことです。
久しぶりに「良い接客をする店員さん」に会いました。
何をもって良いと感じたかというと、「ひきつけられる」という意味での良さです。

まずハキハキとした丁寧な対応が素晴らしく、見ていて気持ちが良い。
店側の考えを押し付けることなく、こちらの意見をしっかり聞き、
内容をちゃんとくみ取りつつアドバイスや提案をしてくれる。
「親身」になってます、という雰囲気が伝わってくる。
ほどよくフランクなので、話しやすく、こちらも言われたことを受け入れやすい。
いつも笑顔。

色々と店を回って見積もりはもらったものの、
結局その店員さんの印象が強かったため、その店でお願いすることとなりました。

これぞサービス力ですね。

以前私はサービス関係の仕事に就いていたこともあり、
接客サービスのノウハウについては徹底的に叩き込まれていました。
客観的に考えても、かなりハイレベルなサービスを仕込まれていたと思います。
そのため、ある程度サービス面には厳しい目を持っているつもりではあるのですが、
そんな面倒くさい視点を持った私が、久しぶりに「素晴らしい」と感じた接客でした。

接客サービスにおいて一番重要なことは「話す力」と思われがちですが、
実はそうとも限りません。
むしろ「聴く力」のほうが、相手を満足させる上では重要です。
しっかり相手のことを聴いて知ろうとしないと、的確には話せないからです。
営業トークの上手な人は、「話し上手」ですが、同時に「話させ上手」でもあります。
しっかりニーズをくみ取って話すことで、上手に相手をひきつけることができるのです。
そんなこんなで、すっかりその店員さんにひきつけられた私でした。

ひきつけるという点では、我々塾講師が生徒と関わる上でも同じく大切な考え方です。
当然ですが、生徒をうまくひきつけられていれば学習指導の効率も上がり、
その分成績アップにもつながりやすくなります。
そのためには、生徒の言葉をしっかりと聴く力が問われるわけです。

塾講師はともすれば、子どもたちを前にして自分が偉くなったような錯覚に陥り、
慢心してしまいがちな職業かもしれません。
しかし、謙虚な姿勢や相手の目線に合わせることで得られることはとても多いのです。
各生徒のニーズにあった指導やアプローチをもっとしていけるように、
「話させ上手」「聴き上手」の腕を、より一層磨いていかないとと思います。

 
ちなみに車検の見積もりですが、勧められたオプションサービスは全て退けました。
どうやらその店員さんの素晴らしいサービスをもってしても、
私の固く閉ざされた財布のヒモを緩めることはできなかったようです。
 

滋賀の塾なら個別指導の学習空間

てるてる坊主作らないと(^^♪

個別指導の学習空間、栗東西・守山教室の森園です!(^^)!

先週に引き続き今週も台風が来ましたが皆さん大丈夫でしたか??
今日は先週程ではありませんでしたが、風と雨が強くせっかくの日曜日なのに残念でしたね・・・
来週の日曜日はいよいよUSJなのですが、晴れる事を願っています(>_<)
参加する皆さん是非てるてる坊主を作って晴れを祈りましょう(●^o^●)

11月3日の祝日には模試があります!!
受験する生徒さんはしっかり準備してくださいね☆
大切な模試なので良い結果を出せるように頑張りましょう♪

それでは(^O^)ノシノシ

 

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「考える」ことができない理由

個別指導塾の学習空間、彦根・八日市教室の成田です!

 
私が担当している彦根教室では、先日全中学校の中間テストが終わりました。
テスト前はほとんどの生徒が毎日のようにテスト対策指導に来塾してくれて、
目標点を目指して頑張ってくれました。
その結果、見事に大幅点数UPを成し遂げてくれた子もたくさんいました。
徐々に内容が難しくなるこの時期に、よく頑張ってくれたと感じます。

一方で、思ったよりも点数が伸ばせなかった生徒も一定数いました。
他の生徒と同様に来塾して、同じくらい勉強に時間をかけていたにも関わらず、です。

そういった子たちのテスト前の学習の違いを見ていくと、
やはり勉強には「考える」というプロセスが不可欠だという思いに至ります。

「考える」とは何でしょうか。
非常に漠然とした動作を指しており、極めて抽象的です。
しかし勉強する上では、
  『ちゃんと考えて解いたの?』
  『もっとよく考えて解いてみよう』
  『もう少し考えればきっと解けるよ』
などと言われたりします。
これはいったい何をしろと言われているのか…
その何をすべきかを「考える」ことがまたよくわからないわけで…笑。

結局こういった言葉を子どもに投げかけたところで、
「何をすべきかよくわからない指示」になるわけです。
やがてそれが、子どもが考えることをしなくなる傾向に繋がったりもします。
しかし、「考える」ことはとても大切です。

「考える」の定義は実に様々です。
一つの捉え方として、「それは何か?」「それは何故か?」「それをどうするか?」
の検証作業であると言われます。
目の前の問題に対して、
 『これはどういう問題だろう?』
 『なぜこの答えになるんだろう?』
 『どうすれば解けるようになるだろう?』
と思いを巡らせることが、問題解決の筋道になることは間違いありません。

しかしそれは大人の視点からするとあまりに当然のことで、
だからこそ「もっと考えろ!」という指示をしてしまいがちになります。
しかし問題の本質は、「考えない」ことではなく「考えられない」ことなのです。
なぜなら、興味を持てていないからです。

大人でも興味のないことについて「考える」ことは苦痛です。
大人になると、自分には関係ないことと感じられれば感じられるほどに考えなくなります。
何が必要で、何が不必要かがわかるようになるからです。
この不必要と感じる事柄について「考えろ」と言われているのが、子どもたちですね。
将来どう役立つかわからない知識を叩きこまれているのですから、
「考える」気にならないのも仕方がないことなのかもしれません。
いかに興味を持たせて、考える習慣をつけさせるかが肝要になってくるのでしょう。

考えながら学習できる子は、上達も早いものです。
しかし、「考えろ」と指示したところで、考えられるようにはなりません。
ただ勉強を教えるだけではない、教育の本質がそこにあるように思います。

 
今回のテストで悔しい思いをした生徒を次回は必ずや笑顔にすべく、
もっと精進していかねばと思う今日この頃です。

 

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